『文豪ストレイドッグス』ファンに送る文学レビュー:梶井基次郎の短編小説『檸檬』
文ストの梶井基次郎ってどんな人だっけ?
文ストの梶井は1期8話に登場したポートマフィアの爆弾魔です。爆弾を撒き散らして列車を破壊していましたが、武装探偵社の与謝野晶子に見つかって成敗されました。
彼の異能力は『檸檬爆弾』。どうやらレモン型の爆弾を操る能力のようです。この能力の元ネタになったのが、今回紹介する梶井基次郎の短編小説『檸檬』です。
『檸檬』はどんな小説?
長さ :文庫版なら9ページ程度(他作品も収録されているので本全体のページ数はもっと多いです)
発表年:1925年(大正14年)
あらすじを5行で説明
- 暗い気持ちで街をさまよっていた主人公が果物屋でレモンを買う
- レモンの形や香りに魅力を感じて、主人公の気分が明るくなる
- ある店に入った途端に主人公がまた暗い気分になる
- 主人公が店内にレモンを置いて立ち去る
- 主人公が「レモンが爆発して店が粉々になる」という妄想をして笑う
文ストの梶井の異能力は元ネタ小説そのまんま!
レモン型の爆弾で攻撃するというのはいかにもライトノベルっぽい設定で、文学小説を元にした設定だと言われても、どうせめちゃくちゃな改変をしたのだろうと思うのが普通でしょう。しかし、あらすじを見てもらえば分かるように、元ネタ小説『檸檬』の中でレモン爆弾という発想が本当に出てきます。
ただ決して、『檸檬』がファンタジー小説というわけではありません。主人公が妄想を始めるまではいかにも文学小説という感じの暗くて真面目な雰囲気になっています。そういった雰囲気が分かるような文をいくつかピックアップすると…。
えたいの知れない不吉な塊が私の心を始終圧えつけていた。
何故だかその頃私は見すぼらしくて美しいものに強くひきつけられたのを覚えている。
書籍、学生、勘定台、これらはみな借金取りの亡霊のように私には見えるのだった。
最初はこんな雰囲気だったのに、最後には妄想とはいえレモンを爆発させて店を木っ端微塵にするという超展開になるのですから、読んでいて驚かされます。とても90年以上も昔の小説とは思えません。
『檸檬』のこんな要素が文ストに取り入れられている!
その1:爆破対象の建物は丸善
出典:http://www.kyoto-np.co.jp/top/article/20150818000104
文ストの梶井が登場したとき、与謝野晶子は「先日の丸善ビル爆破事件では一般人28人を殺している」と紹介していました。この丸善というのは実は『檸檬』で主人公が爆破しようとした店の名称です。『檸檬』の主人公の場合は丸善が居心地の悪い空間だから破壊しようとしたのですが、文ストの梶井も丸善が嫌いだったんでしょうか?
その2:梶井の語り口がやけにハイテンション
文ストの梶井の場合、ビル爆破事件について聞かれて次のように答えていました。
「あれは素晴らしかったよ。拍動の低下。神経細胞の酸欠死。乳酸アシドーシス。死とは無数の状態変化の複合音楽だ」
いかにも危ない人という感じですね。では、『檸檬』の主人公はどんな人なのでしょう。主人公が丸善にレモンを置くシーンは次のようになっています。
軽く跳りあがる心を制しながら、その城壁の頂きに恐る恐る檸檬 を据えつけた。そしてそれは上出来だった。見わたすと、その檸檬の色彩はガチャガチャした色の階調をひっそりと紡錘形の身体の中へ吸収してしまって、カーンと冴えかえっていた。
『檸檬』の主人公のほうが文ストの梶井よりはだいぶまともな感じがします。とはいえ、興奮するポイントが人とは違うところや、表現が詩的なところは似ていると言っていいでしょう。
その3:鼠花火が登場する
文ストでは与謝野晶子が檸檬爆弾で攻撃されても生きていて「あんな鼠花火で死ぬもんか」と言うシーンがありました。一方、『檸檬』では主人公が次のように語るシーンがあります。
それから
鼠花火 というのは一つずつ輪になっていて箱に詰めてある。そんなものが変に私の心を唆 った。
正直言って、文ストの檸檬爆弾は全く鼠花火っぽくなかったですし、与謝野晶子に鼠花火と言わせたのは、元ネタを意識した演出だったのではと思います。
その4:おはじきが登場
『檸檬』では次のように主人公が語るシーンがあります。
びいどろという色
硝子 で鯛や花を打ち出してあるおはじきが好きになったし、
びいどろというのはこんなやつです。
http://www.zakka.net/aderia/item/30285/
文ストの梶井が白衣の胸元につけてる色とりどりのバッジは、このびいどろが元ネタではないでしょうか?
『檸檬』の主人公と文ストの梶井のキャラの違いが面白い!
その1:目立ち具合が違う
出典:https://www.pakutaso.com/20160143027post-6712.html
文ストの梶井の場合、与謝野晶子から「隠密主義のポートマフィアの中にあって珍しく名のしれた爆弾魔」と評されていたように、かなり目立ってしまっている存在です。
一方、『檸檬』の主人公は今住んでいる場所から逃げ出したい、知ってる人が誰もいない場所に行きたいと考えています。少なくとも目立ちたがり屋ではありません。
このように両者は振る舞い方が全く異なっているために、『檸檬』を読むと、文ストの梶井の吹っ切れたような態度がいちいち面白く感じられるようになります。個人的には、『檸檬』の主人公が実際に爆弾事件を起こして人間性が変化してしまった姿が文ストの梶井なのでは?と思っています。
その2:死の捉え方が違う
文ストの梶井は与謝野晶子との戦いの中で「これから君は死ぬわけだけど、その前に教えてくれよ、死ぬって何?ああ、学術的な興味だよ、僕は学究の徒だからね」などと語っていました。
しかし、『檸檬』では死というワードが一度も登場しません。主人公は悩みながらも、前向きに生きようと頑張っている感じです。文豪の梶井が31歳で肺結核になり亡くなっていることから考えて、おそらく梶井にとって死は身近にせまる恐怖であり、軽々しく扱えない話題だったのではないでしょうか。
そういったことを考えると、文ストの梶井が「死ぬって何?」とか言ってるのはちょっと不謹慎というか、恐れを知らないなあという感じがして笑えます。
『檸檬』におけるレモンってどういう意味・位置づけなの?
今まで文ストと絡めて『檸檬』の紹介をしてきましたが、ここからは文ストの話を抜きにして、『檸檬』のストーリーについて書いていきます。
ネット上の『檸檬』の感想を読んでいくと、『檸檬』に登場するレモンの意味や位置づけが気になる人が多いようです。例えば、レモンは何かを象徴しているのではないか?レモンを語ることを通して別な何かを語ろうとしているのではないか?などなど。
しかし、個人的にはレモンはレモンであって、そこに深い意味はないと思います。『檸檬』におけるレモン描写を読んでいても、レモンの魅力をひたすら真剣に描いているだけという感じがして、他意があるようには思えません。確かにレモンにそこまで魅力を感じるのは謎だなとは思いますが、文豪の梶井がちょっと人とは違った感性を持っていて、抜群にレモンとの相性が良い人だったということでしょう。
『檸檬』において重要なのは、気分を明るくする何かとの出会いなのだと思います。だから、レモンが魅力的と言われてもピンと来ない人は、レモンを自分の好きな別な果物に置き換えてしまえばいいのです。例えば、みかん、りんご、パイナップルなど。別に果物でなくても構いません。卵でも、しじみでも、爆弾になりそうなものなら何でもOKです。
また、爆弾で破壊する場所も別に丸善ではなくてもいいのだと思います。自分にとって居心地の悪い場所、例えば、会社、大学など。そういう場所を自分の好きな食物を使って大爆発させる妄想をしてみれば、『檸檬』の主人公のように楽しい気分になれるはずです。
『檸檬』から得られる生き方のヒント
『檸檬』を読んで得られる教訓は次の2つになると思います。
- 暗い気分のときは街をさまよい、気分を明るくしてくれる何かとの出会いを期待しよう
- 素敵な何かと出会うことさえできれば、苦境に立たされても、妄想力を発揮することで乗りきれる
こう書くと「出会いで人生が変わる!」みたいな安っぽいメッセージのようになってしまいますが、『檸檬』ではレモンと出会った主人公がレモンのおかげでどれだけ明るい気分になったかがしっかり書かれているので、読んでみれば説得力を感じるはずです。
主人公が出会ったものがレモンという身近なアイテムだったところも良いなと思っています。案外、救いになるようなアイテムは身近なところに転がってるのかもしれません。
まとめ
『檸檬』は文ストの梶井の異能力や性格などとけっこう関連しています。読めば、より文ストの梶井の言動を楽しめるようになるのでおすすめです。また、『檸檬』は短く分かりやすいストーリーでありながら、レモンの意味や効果など、いろいろ考えさせられる作品です。街をさまようのが好きな人や、爆破したい場所があるような人はハマるはずです。
※『檸檬』の本文は青空文庫から引用しています